お金の洗脳、自己実現の洗脳

お金は洗脳だと思う。

 

洗脳から解放されて

今度は「自己実現」を求める人もいる。

 

だけど僕は「自己実現」ってやつも洗脳だと思う。

 

なぜなら、それは価値体系だから。

 

「お金を持ってるやつが偉い」というのも、

自己実現したやつが偉い」というのも、

色を変えただけで本質は同じだ。

 

 

世の中には、健全な自己実現もあるだろうけれど、

僕らの心が自由じゃないせいで、つい「自己実現を基準とした価値体系」を作りがちじゃないだろうか。

 

「キラキラしていて、自分のやりたいことを全部やった人生が、良いものだ」とか。

「自分がほんとうに満足のいく人生を送るのが、勝ち組だ」とか。

 

だけど良いものがあるということは、悪いものもあるということで。

勝ち組がいるということは、負け組も存在するということ。

 

たとえ言葉には出さなくても、心でそう感じているなら同じことだ。

自己実現できない自分が恥ずかしい」とか「くだらない人生はクソクラエ」とかね。

 

 

ところで話は変わって、

ブッダの教え、原始仏教は「洗脳」ではない、と僕は理解する。

 

なぜなら何らかの「価値体系」を提示しているわけではないから。

悟りを開いたから偉いわけはないし、ブッダが何かの最上位に居るわけでもない。

 

そもそも構造が違うので、原始仏教は洗脳にはなりえないのだ。

 

(無理矢理に洗脳の道具として機能させることは出来るかもしれないけれど、かなり相性は悪いと思う)